「スピード感」が重要視される現代の市場で、プロダクトが市場に適合する(プロダクト・マーケット・フィット/PMF)ためには、どんな技術インフラを選ぶかが、成功の鍵を握ると言っても過言ではありません。
従来のサーバー管理は、多くのリソースとコストを必要とし、スタートアップのように限られたリソースで動く企業にとっては、大きな負担となります。だからこそ、イノベーションを追求し、短期間での成長を目指す若い企業には、運用の手間やコストを最小限に抑えられる仕組みが求められているのです。
こうした背景から、サーバーの管理が不要で、自動的にスケーリングでき、コストパフォーマンスの良い、「サーバーレスアーキテクチャ」が注目を集めています。
2019年にO'Reillyが実施した調査によると、回答者の40%が「運用コストの削減」や「自動スケーリング機能の活用」と言った理由で、何らかの形でサーバーレスアーキテクチャを導入していると答えています。
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サーバーレスアーキテクチャとは、アプリケーションの構築や運用において、サーバーの管理負担をなくすことで開発をシンプルにする仕組みです。
「サーバーレス」という言葉は直訳すると「サーバーがない」という意味ですが、この名前はP2P型ソフトウェアのように「サーバーを直接必要としない仕組み」に由来しています。そのため、実際にはサーバーは存在しており、その管理はクラウドプロバイダー(AWSやGoogle Cloudなど)が担っています。リソースが必要に応じて自動的に割り当てられるため、開発者自身がサーバーを直接管理する必要はなく、その結果、開発効率を大きく向上させることができます。つまりサーバーレスとは、「開発者がサーバー管理の負担から解放されること」を意味しているのです。
従来のシステム運用では、自社で物理的なサーバーを購入したり、クラウド上であらかじめ決まった容量のサーバーをレンタルしたりする必要がありました。そのため、アクセス急増時に備えて余分なスペックを確保しなければならず、コストの無駄が生じやすいという課題がありました。
一方、サーバーレスアーキテクチャは、基本的に使った分だけ支払う従量課金モデルのため、コストの最適化がしやすく、変化するニーズにも柔軟に対応できます。このアーキテクチャは、アプリの開発や運用の在り方を大きく変え、より効率的で柔軟なシステム構築を可能にします。
サーバーレスアーキテクチャは、クラウドコンピューティングの発展により生まれました。初期のクラウドでは、仮想マシンを必要に応じて利用できる「IaaS(Infrastructure as a Service)」が主流でしたが、依然としてインフラ管理の手間が開発者の負担となっていました。
この流れの中で、2008年に登場したGoogle App Engineが、インフラ管理を抽象化した「PaaS(Platform as a Service)」の先駆けとして注目されます。そして2014年には、AWS LambdaやAzure Functionsなどのサーバーレスプラットフォームが登場し、開発者がコードの開発に専念できる「FaaS(Function as a Service)」の時代が始まりました。
サーバーレスの仕組みはその後も進化を続け、コールドスタート(初回起動の遅延)の改善や、監視・ログツールの充実、対応プログラミング言語の拡充などにより、実用性が大きく向上しています。
このように、サーバーレスの進化はクラウドコンピューティングの発展と密接にリンクしており、IaaS(インフラ提供)→PaaS(プラットフォーム提供)→FaaS(関数提供)という形で段階的に進化してきました。
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従来のサーバー管理は、以下のような課題を抱えていました。
・サーバーの準備
物理的なハードウェアの設置から、OSのインストールやソフトウェアの設定まで、多くの手間と時間がかかっていました。
・スケーリング
需要の変動に対応するために、利用状況を予測し、サーバーを増減させる必要がありました。そのため、リソースの無駄や不足が生じるリスクが常にありました。
・セキュリティ
脆弱性に対応するためのパッチ適用は継続的な作業であり、常にアップデートを監視し、迅速に対応する必要があります。対応が遅れると、サイバー攻撃のリスクが高まり、データの改ざんやユーザーのプライバシー侵害に繋がる可能性があります。
・コスト
ハードウェアの調達やソフトウェアライセンス、運用にかかるコストは大きく、特にワークロードの変動が激しい場合には、コストが増加する場合もあります。
これらの課題により、開発者はインフラ管理に多くの時間を取られ、生産性が低下してしまいます。その結果、アプリケーション開発のスピードが落ち、パフォーマンスの問題対応やリソース最適化といった複雑な作業も開発をさらに遅らせる要因となります。リソースの準備やスケーリングの遅れは、ビジネスチャンスを逃す原因となり、ユーザー満足度の低下にも繋がりかねません。
「信頼性」「スケーラビリティ」「セキュリティ」を確保しながら、迅速にアプリケーションを提供することが求められる今、従来のサーバー管理の課題を理解し、サーバーレスアーキテクチャのような代替手段を取り入れることで、開発効率の向上やボトルネックの解消が期待できます。
サーバーレス技術を導入すれば、サーバーの準備やスケーリング、セキュリティといった煩雑な作業から解放され、開発者はアプリケーション開発に専念できるようになります。その結果、開発スピードの向上と生産性の最大化が実現できるのです。
サーバーレスアーキテクチャとコンテナアーキテクチャは、どちらもホスト環境を意識せずにコードをデプロイできますが、以下の点が違います。
【サーバーの管理】
・コンテナアーキテクチャ
開発者が自ら各コンテナのアップデートや保守、システム設定や依存関係の管理を行う必要があります。
・サーバーレスアーキテクチャ
サーバーの保守はすべてクラウドプロバイダーが担います。
【スケール】
・コンテナアーキテクチャ
Kubernetesのようなオーケストレーションプラットフォームの利用が必要です。
・サーバーレスアーキテクチャ
アプリを自動的にスケール可能です。
コンテナは、基盤となるOSや実行環境を細かくコントロールできるため、アクセスが多いアプリケーションや、クラウドへの移行を始める段階に適しています。一方、サーバーレス関数は、決済処理のようにトリガーで動く処理に向いています。
FaaS(Function as a Service)は、サーバーのセットアップやリソース管理、スケーリング対応などの煩雑な作業を、クラウドプロバイダーが代行してくれる仕組みです。これは、サーバーレスコンピューティングを支える、重要な技術の一つです。
FaaSを使えば、開発者はインフラの構築や運用に悩まされることなく、本来注力すべきビジネスロジックの実装に集中できます。
開発者は必要なコードを書いてクラウドにアップロードするだけで、イベント(リクエストなど)に応じて自動的に実行されるため、効率的にアプリケーションの開発・運用が行えます。
FaaSに関連する他のクラウドサービスモデルを、以下で紹介していきます。
・BaaS(Backend as a Service)
特にWebやモバイルアプリのバックエンド開発に特化したサービスです。データベース、ユーザー認証、APIなどのバックエンド機能が、SDKを通じて提供されます。そのため、開発者はバックエンドのインフラ管理を気にせず、アプリ開発に集中することができます。
・PaaS(Platform as a Service)
アプリケーションの開発、実行、管理ができるクラウド上のプラットフォームを提供するサービスです。インフラはある程度抽象化されているため、従来のサーバー管理よりは手軽ですが、ミドルウェアやランタイム、データなどの管理はユーザー側で行う必要があります。
・IaaS(Infrastructure as a Service)
サーバーやストレージ、ネットワークなどのクラウドインフラをオンデマンドで提供するモデルです。インフラ自体はクラウドプロバイダーが用意しますが、ソフトウェアやミドルウェアの導入や設定、管理はユーザーはユーザーが行う必要があります。由度や柔軟性は高いですが、FaaSやPaaSと比べてインフラ管理の負担が大きくなります。
・関数コードの作成
アプリケーションを、特定の仕事をする小さな「助っ人」の集まりだと考えてみます。開発者は、それぞれの助っ人に与える「やることリスト(命令)」をコードで記述します。これが「関数(Function)」で、それぞれの助っ人に小さな仕事を任せて動かすようなイメージです。
・FaaSへのアップロード
関数を書き終えたら、それらをFaaSというプラットフォームにアップロードします。例えば 、DigitalOcean Functionsがその一例です。FaaSは、助っ人が必要になった時に自動で実行してくれる仕組みで、動作場所や方法を気にせず、すべてプラットフォーム側が管理してくれます。
・インフラの管理不要
クラウドプロバイダー(例:DigitalOcean)が、サーバーのセットアップ、スケーリング、セキュリティ対策などを自動で行ってくれる点が、FaaSの大きな特長です。
・イベント駆動で動作
例えば、アプリにリクエストが送られた時や、データベースが更新された時、特定の時間になった時など、何か「イベント」が発生すると、助っ人が起動して仕事を始めます。
・タスクの実行
助っ人は、計算やデータベースとのやり取り、メール送信など役割を明確に分担し、効率的よくこなします。
・一時的なコンテナでの実行
助っ人は、必要がないときは動かず無駄なリソースは使いません。そのため、システム全体がスムーズに動き、コストも抑えられます。
・使った分だけの課金
料金は助っ人が実際に働いた時間分だけ発生します。
サーバーレスアーキテクチャは、AWS Lambda、Azure Functions、Google Cloud Functions、DigitalOcean Functionsなどのツールによって支えられています。これら使えば、サーバーレスな仕組みを簡単に構築/運用できます。
例えば、AWS Lambdaは他のAmazon Web Servicesとスムーズに連携でき、Azure FunctionsはMicrosoftのAzureクラウドサービスとの統合に優れています。Google Cloud FunctionsはGoogleの大規模なインフラとリソースを活用できるのが特長です。また、DigitalOcean Functionsは、DigitalOceanに慣れた開発者にとって、シンプルで使いやすい点が魅力です。
これらのプラットフォームに共通する目的は、サーバーレスソリューションの導入を簡単にし、開発者が本来の仕事である「革新的なアプリケーションを生み出すためのコーディング」に集中できるようにするということです。
・コスト削減
サーバーレスにすることで、物理的なサーバーの購入や管理が不要になり、ハードウェアや保守にかかるコストが削減されます。また、使った分だけ支払う仕組みなので、使っていないサーバーの無駄なコストもかかりません。
・スムーズなスケーリング
利用者が急増しても、自動的にスケールアップ可能なため、ビジネスの成長にも柔軟に対応できます。
・開発スピードの向上
サーバーのセットアップに時間を取られることがなくなり、すぐに使えるバックエンド機能も豊富なので、アプリの立ち上げも簡単です。
・柔軟な対応力
新しい機能の追加やアイデアのテストも、スピーディーかつ手軽に実施可能です。そのため、ユーザーニーズに合わせた柔軟な開発が可能になります。
・メンテナンス不要
セキュリティ対策やシステムのアップデートなど、面倒な部分はすべてクラウドプロバイダーが行います。
・常に稼働
サーバーレスは高い可用性を持っており、アプリにアクセスが集中しても止まることなく、常に安定して動作するよう設計されています。
以下は、サーバーレスアーキテクチャが特に活躍する場面の一例です。
・Webやモバイルアプリのバックエンド
Webサイトやモバイルアプリの裏側で必要な処理(リクエスト処理、データベース操作、ログイン管理など)を効率よくこなせます。
・ストリーム処理
センサーやSNSなどからリアルタイムで流れてくるデータの、リアルタイム処理が可能です。
・ETLパイプライン(データの抽出・変換・転送)
専用のサーバーを用意しなくても、自動でデータを処理・転送できます。
・イベント駆動の処理
ファイルのアップロードやAPIの呼び出しなど、何かの「イベント」が発生したときにのみ反応するため、無駄なリソース消費がありません。
・定期的なタスク(Cronジョブ)
古いファイルの削除やリマインダーの送信など、定期的に実行したい処理も、サーバーレスでスケジュール管理が可能です。
・マイクロサービス構成
大きなアプリを機能ごとに分けて、小さな「関数」として実装できます。それぞれの関数が独立して動くため、一部に負荷がかかっても全体への影響を抑えられるのが特長です。
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サーバーレスコンピューティングは進化を続けており、サービス提供者は「コールドスタート」という課題の解決に取り組んでいます。
コールドスタートとは、しばらく使われていなかったサーバーレス関数が省エネやリソース節約のために停止されている状態で、次に呼び出された際に再起動するための時間がかかり、その間に遅延が発生する現象です。
一度起動すれば、その後のリクエストは素早く処理されますが(ウォームスタート)、使われない時間が続くと再び停止状態に戻るため、次の呼び出し時にまたコールドスタートが発生します。
しかしながら、これまでも技術革新によって課題が改善されており、サーバーレスはより使いやすく、効率的な仕組みへと進化しており、コールドスタートの課題も近い将来解消されるかもしれません。今後の発展に期待が高まります。